キトラ古墳は、檜前の集落を越えて阿部山に向かう山の中腹にあります。
上段が直径9.4m、高さ2.4m、テラス状の下段が直径13.8m、高さ90cmの二段築成作りの円墳です。
名前は「北浦(阿部山集落の北川)」が「きとら」となまったものという説と、亀(玄武=北)と虎(白虎=西)の壁画を見た人の伝承が後に残ったものとする考え方があります。
1983年11月7日に石室内の彩色壁画に玄武が発見され、世間や学会から注目を集めました。
そして2000年には国指定史跡に指定され、続けて特別史跡に指定されました。
発見された壁画を見ると、後に作られた高松塚古墳ほど唐の文化的影響を色濃く残していないことから、遣唐使が日本に帰国する704年以前の7世紀末から8世紀初め頃に作られた古墳であると見られています。
星宿を動物に見立てた古代中国の思想に由来する考え方として、4つの方位を守る四神というものがあります。
これは東西南北それぞれを青龍、白虎、朱雀、玄武という形で表現します。
キトラ古墳の内部には漆が塗られており、東西南北の四壁の中央に四神の青龍、白虎、朱雀、玄武が描かれ、そして天井の中央には本格的な天文図が描かれています。
<天文図>
天井の中央には星座や黄道など本格的な天文図が描かれ、太陽や月も描かれていました。
その表現方法は、金箔を貼った星と朱色の線で北斗七星などの星座が表現されています。
様式は天の北極を中心として、一年を通して一度は見える星座の範囲全体を示した円形星座で、その精密さには改めて驚かされます。
また、現存する天文図としては世界最古の可能性もあり、大きな注目を集めています。
<青龍図>
青龍図は漏水の痛みのため、確認が困難な状態ですが、大きく開いた口からのびる朱色の舌、青緑の上あごの先、そして疾走する前足とその爪先などが力強く描かれています。
<白虎図>
口を大きく開けて、前足を揃えて踏ん張り、後足は前後に開いて大きな爪をたてています。
やや太めの尾は後足に巻きつけたあと、垂直に持ち上げられています。
黒い線の濃淡と筆運びの強弱で躍動的な姿が描き出されています。
<朱雀図>
長く美しい冠羽をたなびかせ、風切羽をふくらませ、今にも地面を蹴って力強く飛び立とうとしています。
からだに塗られた朱色の絵具は隈取り(=ぼかし)技法で着色され、立体感を醸し出しています。
<玄武図>
玄武図とは亀に蛇が絡まった図のことです。
力強く踏ん張る亀に前後から蛇が絡んでいます。そして蛇はしっかりと亀を見据えています。
文化庁が2004年8月より、損傷の激しい壁画から順次、修復・保存のためのはぎ取り作業を開始、2007年南壁の朱雀がはぎ取られ、確認されている壁画のはぎ取り作業はすべて終了。